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遺伝子検査で不幸になる?遺伝子検査が危険なたったこれだけの理由

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最近メジャーリーガーのマーくんがCMをやっている遺伝子検査をよく見かけます。

遺伝子検査とは

遺伝子検査はWikipediaでは以下のようにあります。

 

遺伝子 診断 は、受け継いだ 疾患や、親子鑑定(遺伝的な母親-父親または、多くの人々の間の 祖先 関係) を知ることができる。 染色体 の個々の遺伝子を調べ、変異体の遺伝子をもつことに伴う遺伝性疾患のリスクを測定する。

遺伝子診断 - Wikipedia

 

つまり、将来自分がどんな病気になる可能性が高いかを知ることができるわけです。

一見とても便利そうですよね。

だって自分がガンになる確率がわかればその対策ができるわけです。

アメリカで広まっている遺伝子検査

ハリウッド女優のアンジョリーナジョリーが遺伝子検査で乳がんのリスクがあることを知り乳房を除去したことがとても話題になり、アメリカではかなり広まってきました。

日本でも多くの宣伝で「アメリカでは非常にメジャーです」という謳い文句のもと、遺伝子検査を広めようとする動きがあります。

でもアメリカで流行っているからといって日本で同じようにやることは危険だと考えています。

 

遺伝子検査の結果は絶対ではない

まず大前提として遺伝子検査の結果はあくまでも「リスク」であり、診断とは違うということです。

当然科学の限界がありますので、将来ガンになるかもしれない、というレベルの話で、将来ガンになります、という確定診断とは完全に別物です。

多分に後天的な要因も多く、タバコを吸っていれば肺がんになる可能性がぐっと上がりますし、吸っていなければ上がりません。

占いぐらいの感覚でやればいいんじゃないの?というとそういう話でもありません。

それはなぜでしょうか。

 

遺伝子検査最大の不幸は何か?

遺伝子検査最大の不幸は出てきた「結果」が生むのではなく、「結果に対するフォロー」が生むのです。

例えばガンになる可能性がかなり高い、と出た場合にそのフォローがとても重要なのです。

私の言うフォローとは病気にならないための対策ではありません。

精神的苦痛。すなわち「カウンセリング」です。

日本と欧米のカウンセリングの比較

先ほど米で遺伝子検査が流行ってるからそのままやればいい!とはならないことの一番の理由が日米のカウンセリングの体制の違いにあります。

アメリカではカウンセリングを受けることは当然の権利です。保険の範囲内で受けることができますし、風邪薬を選ぶのにドラッグストアの店員に話しかけるのと同じぐらい気楽に受けられます。

よくアメリカのドラマや映画で夫婦でカウンセリングを受けたり、コンプレックスをカウンセラーに相談したりしますよね。

一方で日本でカウンセリングというと「精神的に病んでいる」とか「うつ病か?」などというマイナスイメージがあります。

金額も高額であることが多く、私の周りにもカウンセリングを受けてる人はごく一部の人間です。

遺伝子検査最大の不幸は精神的苦痛

話を元に戻すと遺伝子検査でネガティブな内容が出たとしましょう。

すると将来なるかどうかもわからない病気について「なる可能性が高い」という結果が出て当然本人は不安になるわけです。

日本ではそのフォロー体制ができていません。

海外の遺伝子検査では必ずカウンセラーがフォローを行いますが、日本ではせいぜい追加で検査を行うくらいです。

そして、残念ながらその不幸はあなただけには留まりません。

遺伝子は家族で共有している

忘れてはならないのはあなたの遺伝子は両親から受け継いだものということです。

両親は自身の子供に対して責任を感じるかもしれません。

もし兄弟がいれば、何の関係もなく幸せに暮らしている兄弟さえも「自分がガンになるかもしれない」という不安に侵食されてしまいます。

そして、あなたに子供ができたら「この子もガンになる遺伝子を持っている」と思ってしまい、あなた自身が責任を感じてしまいます。最悪、子供を産まない、という選択をするするかもしれません。

つまり、遺伝子検査を受けるのであれば本人のカウンセリングだけでなく、家族全員のカウンセリングを受ける体制を持たないといけないのです。

 

最後に

遺伝子検査は確かに便利ですが、便利であることと、実際に使っていいか、は別の話だと思っています。

日本とアメリカのカルチャーの違いを考慮せずに「アメリカで流行ってるから」とか「おもしろそう」ぐらいの感覚でやってしまうと思わぬ不幸を招く結果になってしまいます。